
はじめに
『グリーンクエスト —観葉植物100—』は観葉植物100属を収めたデジタルブックです。制作は2005年から開始し、2007年に「Green Quest」という検索ソフトをWEBで公開しました。しかし、当時、分類学の世界では大きな変革が起こっており、改訂が必要となることが予測されていました。
分類学に何が起こったか
1990年代、分類学上のもっとも特徴的な出来事は、DNA解析を基本にして生物を分析する動きが起こったことです。
それまでは、リンネによる植物分類と表記法の確立以来、目視(ないし五感)による形態の違いに基づいて植物を分類する方法がとられてきました。しかし、最新のDNA分析による分類では、植物が内側に持つDNA情報をもとに、コンピュータで論理的に解析が行われ、植物の分類系統が構築されていきます。
このDNA解析による分類を専門に行う植物学者の一派に Angiosperm Phylogeny Group(被子植物系統グループ)という団体があります。通常、APGという略称で呼ばれ、その分類法は「APG分類体系」と呼ばれています。
もちろん、旧来の方法は排斥されたのではなく、分類の柱であった「植物の形態」も視野に入れながら、DNA解析による新しい手法を主体とした「系統分類」が進められています。この方法によっていろいろな新発見があり、植物分類は大きな改編をしなければならなくなりました。
植物の名前はどうなったのか
APGによる分類が最初に刊行物で公表されたのは1998年。その後、APG分類体系は3度改訂され、何度目の版であるかによって、APGⅠ (1998年)、APGⅡ(2003年)、APGⅢ (2009年)、APGⅣ (2016年) と呼ばれています。
〈「APGⅢ」は APG third と読み、APG third system (APG 第3版体系) を意味する〉
APG分類による整理を行うことによって何が起こったかというと、今まで同類あるいは近縁の存在だと考えられていたものがまったく違う系統であったり、離れた関係の植物と考えられていたものが近縁だったりという事実が明らかになってきました。これに伴って旧来続いてきた科・属・種などはあちこちで分割・合併、新設・統廃合が起こり、かなりの規模で学名の変更が生じました。
本書改訂について
本書のデータベースの制作を開始したのはAPGⅡが公表された頃です。まだ植物分類の改編がそれほど反映されてはおらず、旧来の新エングラー体系やクロンキスト体系が柱となって、APG体系が少しずつ紹介されるという、3つの分類体系が混在している状況でした。場合によっては、1つの植物に対して、分類体系の違いにより、複数の名称が存在したということです。APGの課題は山積していました。
この状況下で、本書のデータベース制作は旧来の情報をもとに行わざるを得ませんでした。改訂がいずれ必要となることはわかっていましたが、すぐには手がつけられず、検索アプリケーション・ソフト「Green Quest」も、曖昧で中途半端な記述の多いものとなりました。そしてこのアプリはまもなく撤収し、基礎となるデータベースを温存することにしました。その後、APGⅢ、APGⅣが公表されるのに10年を要し、植物分類は大改編が行われたのでした。そして、改編の作業は今なお続けられています。
近年、仕事の関係で、データベースの見直しと移行が必要となりました。世界の植物分類も2度のAPG改訂を経て、ずいぶん整理が進んでいました。
今回は旧版の改訂版を、検索ソフトではなく、電子書籍 (PDF/A4:400頁) で刊行させていただこうと思います。そして、関心がおありの方々の、何らかのお役に立てればと考える次第です。
改訂の概要
おもに変更された学名を訂正しました。前述の通り、科・属・種のどのレベルでも分割や合併、新設・統廃合が起こっていますので、新学名だけではなく、場合によっては変更の経過にも触れました。
別科・別属への移動があった植物は、極力掲載し、経過が分かるようにしました。
学名は通常「属名+種小名+(変種・品種等)+命名者, +文献名 (公表年)」と記述する決まりがあります。
(例) チャセンシダ:Asplenium trichomanes L., Sp. Pl. 2: 1080 (1753).
本書ではかつて、略式の「属名+種小名」(Asplenium trichomanes または A. trichomanes) と表記する場合がありましたが、同じ種小名で命名者の異なる「異名 (シノニム)」が存在することがあるので、承認された正規の学名を「属名+種小名+(変種・品種等)+命名者+公表年」のように、命名者と公表年を付記したものとしました。
(例) Asplenium trichomanes L. 1753
園芸書としては全般的に学名表記やその説明が多く、くどいかもしれませんが、調べる過程の備忘録でもあり、読者の方が再確認しやすいようにと配慮もあり、そのような記述となりました。
和名の表記に関しては、その和属名となる代表植物の学名が、日本のデータベースと英国 IPNI * のデータベースでは異なっている例が散見されますが、本書がAPG分類体系の情報を基本とするため、英国のデータベースを優先するようにしました。
〈 * IPNI: International Plant Name Index 英国Kewガーデンの主催する植物名の国際的なデータベース。以下で誰でも利用することができます。 https://www.ipni.org/〉
本書の概要
おもに葉を鑑賞する植物100属を収録してあります。
属単位でまとめてあり、1属あたり4ページ構成となっています。おもな内容は次の通りです。
p.1:①学名とその由来、発音、和名など、②代表的な種や特記事項などのメモ、③その属の性質の概観、④栽培の概要。その属の全データがテキストで記載されている。
p.2〜3:植物例の写真、各1点。キャプションでは、本文で書ききれなかった内容が記載されている場合もある。
p.4:栽培のため図表解説。
以下はそのサンプル画像です。